KAT-TUNの言葉に潜む「癖」【KAT-TUNソロ楽曲作詞傾向調査・後編+おまけ】

 

前回記事の続きです。田口くん・上田くんの作詞について、修辞技法(レトリック)の観点から考察していきます。

 

 

 

 

case3:田口淳之介【対象楽曲:WIND(2009年)、LOVE MUSIC(2010年)、FLASH(2013年)】

  • WIND

①まだ見ぬ景色(古語法)

 

②一緒に見よう この風に乗って(呼びかけ法・倒置法・擬物化)

目に見えない風に対して「乗る」という擬物化。

 

③心は弾む(擬物化)

擬物化ではあるものの、日常生活でもよく使う言い回しでもあります。 

 

④さあ行こう ほら 手をかしな(呼びかけ法)

 

⑤誰だって求めてるんだ(呼びかけ法)

 

⑥空仰いだら歩き出そ(呼びかけ法)

 

⑦ゆっくりでいい 自分を信じて(呼びかけ法)

 

⑧君が夢見てるSTORY教えて 隠してちゃもったいないから(呼びかけ法・倒置法)

 

⑨ライト浴びたら主役の舞台幕開け(隠喩)

 ⇒胸躍らせるオーケストラ 見たことのないセットの数々

 ⇒クライマックス ビシッと決めて 拍手の渦に酔いしれる 

全体を通して「前向きにいこう!」といったポジティブなメッセージが多い中で、2番は自分の生きる世界が一つの舞台となって形容されていきます。セット=景色といったところでしょうか。

比較的シンプルな言葉の構成の中に塊でガッツリ入り込む大きな隠喩箇所です。

 

⑩目が覚めるまで 興奮冷めない(意綴同音異義)

“さめる”という音を同じくして違う漢字を当ててリズムを作っています。

ギャグやダジャレとかにも通ずる修辞技法ですかね。

 

⑪だから今を輝きたいんだ(呼びかけ法)

 

⑫熱い思い 届けよ(転移修飾語・呼びかけ法・擬物化)

「思い」という形のないものを温度で計り、さらに届けるという擬物化へ繋げます。

 

⑬スタートライン 決めたら気持ちも 高まり始める(隠喩)

スタートライン=「今ここから頑張るぞ!」という意気込み。それを田口くんが後押ししてくれているかのようです。

 

  • LOVE MUSIC

①曇り空埋め尽くす 頭の中かなりヘビー(含意法・転移修飾語)

どんよりとした気持ちを曇天に重ね、そんな気持ちでいっぱいになっている思考を重量で表現しています。

 

②飛ばすクツも重い(含意法または呼びかけ法)

こちらも①同様、靴自体が重いのではなく気持ちの沈みが感覚に入り込んでいるのでしょう。 呼びかけ法とも受け取れそうです。

 

③胸のKEY開けて飛び出そ(擬物化・呼びかけ法)

 

④踊る君を見た日から 光が差して晴れになった(含意法)

①②からの心境の変化が天候で統一されています。

 

⑤虹のように遠くまで 歌い続けよ LOVE MUSIC(直喩・呼びかけ法)

 

⑥のまれる前に乗れ(呼びかけ法)

 

⑦どこかで心に響くリズム 七色に輝くまるでプリズム(擬物化・直喩)

⑦~⑩はラップ部分。「心に響く」も擬物化でしょうが『WIND』の③「心は弾む」同様に日常で頻繁に使われる言い回しですので、特筆するべきかはボーダーライン。

「七色」は⑤の「虹」から連想が来ていると見ていいでしょう。

 

⑧歌い出す木々(擬人法)

 

⑨鳥のように飛び立つさ どこまでも(直喩・呼びかけ法・倒置法)

 

⑩ただ前だけを見て歩いてこ(呼びかけ法)

 

 ①思い出す 元に戻らないあの日を(倒置法)

 

②閃光が 胸を走って突き抜けた(誇張法)

楽曲自体が失恋から新たな恋へ…といったテーマなのですが、①から②へ感情が移行する際に別々の修辞技法でもって強調していきます。

 

③Oh, it's new Is it true? 触れてみたい(呼びかけ法)

 

④恐れないさ 二人だけの New world(呼びかけ法)

 

⑤痛みも分かち合お(呼びかけ法)

 

⑥わだかまり流していこ(呼びかけ法)

 

どうやら田口くんも、中丸くん同様に呼びかけ法を積極的に採用する傾向にあるようです。

ただ、この2人を比較してみると、選択される呼びかけ法の語尾には明らかな差があります。

前回の記事でも取り上げましたように、中丸くんの呼びかけ法は語尾に「かな」を用いることが多かったのですが、田口くんの場合はそれに代わって「」や「」で収束していきます。中丸くんの呼びかけ法は自問自答も含んだようなものが多かったのですが、田口くんはより積極的に言葉が他者へと繋がっていきます。

ちなみにデジタル大辞泉で終助詞・助動詞の「かな」と「」「」を引いてみると以下のような意味が出てきますので、参考として挙げておきます。

 

◎かな[連語]《終助詞「か」+終助詞「な」》

念を押したり、心配したりする気持ちを込めた疑問の意を表す。
自分自身に問いかけたり、自分自身の意志を確認したりする意を表す。
(「ないかな」の形で)願望の意を表す。
理解できない、納得いかないという意を表す。

 

◎よ[終助詞]
判断・主張・感情などを強めて相手に知らせたり、言い聞かせたりする意を表す。
(命令表現や禁止の助詞「な」に付いて)願望・依頼・禁止の意を強めて表す。
(疑問を表す語に付いて)相手をなじる意を表す。
(推量の助動詞「う」「よう」に付いて)勧誘・ねだり・投げやりの意を表す。

 

◎う[助動]《推量の助動詞「む」の音変化》
話し手の意志・決意を表す。
相手に対する勧誘や婉曲(えんきょく)な命令の意を表す。
話し手の推量・想像の意を表す。
当然・適当の意を表す。
(接続助詞「と」「が」などを伴って)仮定の意を表す。
仮想の意を表す。
実現の可能性がある意を表す。

 

 

 

case4:上田竜也【対象楽曲:LOST(2007年)、愛の華(2008年)、花の舞う街(2009年)、RABBIT OR WOLF?(2010年)、~again*1(2012年)】

 

  •  LOST

①痛ミニ悶エル 一滴ノ愛 飲ミ干セズにいる(擬人法・擬物化)

 「一滴」という表現は物質と言えども液体化といった方がより具体的。

液体でありながら痛みに悶える神経を「愛」という単語に共存させています。

 

②逃げ出さないでよ 擦り切れそうでしょう? 今さら泣き出さないでね(呼びかけ法)

呼びかけ法の3コンボ。全部語尾が違いますね。

 

③愛ノ無イ果実 聞ク耳モタズニ 腐リカケテユク(擬人法)

①では「愛」が修飾される立場でしたが、2番に入ると修飾そのものの機能へと転換します。

 

④光亡キ穴ヘ(擬人法?)

「無き」に対する意綴同音異義とも取れそうですが、「亡き」となると生死を重ねる意図もあったのではないか? と推察。

 

⑤乾いた野原には花を 心には永遠を(対照法)

「AにはBを」というリズムに乗っ取りつつ単語のコントラストを色濃く映し出します。

また、「野原」と「花」は視覚で捉えられるものであり、逆に「心」と「永遠」は視認できないものです。

広々と無限に満ちた様が「野原」と「心」を対比させたのでしょうか。そう繋げていくと「永遠」もA側に代入できそうですが、「永遠」はB側の「花」と並ぶものとして取り扱われます。

 

⑥いつかは 届くの?(呼びかけ法)

 

⑦Ah 最後くらい 綺麗に(そこ)飛んでみせて(含意法・添義法

添義法は本来の漢字の読みとは違う読み仮名をふる修辞技法です。

 

  •  愛の華

 ①雨音 いつものように 聞いていた ⇔ アルバム いつものように 眺めてた(対照法・倒置法)

「目的語+『いつものように』+過去形の動詞」という対照法構造。

また、「雨音」と「アルバム」で最初の音をaで揃えています。

 

②愛のカケラを 逃げ出さぬように 砕けぬように 両手で抱きしめ(擬物化・擬人法・古語法・結句反復)

「愛」は欠片となり得るもの(=砕ける可能性のあるもの)と同時に「逃げ出す」という意思も絡んでいきます。

 

③私を 包み込むように 優しく 花びらが舞う(直喩・転移修飾語)

花びらが舞うという視覚情報が感情と感覚の双方から修飾されています。

 

④この街の景色も 彩(いろ)を変えて(添義法)

 

⑤あどけない優しい風が 頬を撫でる(転移修飾語・擬人法)

 

⑥涼しい日差しに(撞着法)

 一般的に「日差し」という言葉に優先して絡んでくるのは、「熱い」や「強い」辺りのような気がします。

 

⑦変わらぬ想いと(古語法)

 

⑧いつもの笑顔と いつもの温もり(頭句反復)

 

⑨愛のサクラは この胸に散り 決して二度とは 咲くことはないけど もう一度いつかは あの"ミチ"を歩いてゆく また華を咲かせるように(含意法・隠喩)

 愛を桜に喩えた上で、報われなかった感情を想いながらそれでも前へ進んでいく様子を暗示しています。

他には二度⇔一度が直近に置かれる構造、そして「道」をカタカナに変換した上で「””」と強調したことも意味深。

 

  • 花の舞う街

 ①さらさらと花ビラが 舞い踊り(いろ)づく街(擬態語・擬人法・含意法・添義法)

花ビラを擬人化するのと同時に、街が色付く=花で溢れる=春が導き出されます。

 

②何かに惹かれるように(直喩)

 

③君と目が合う世界が 揺れて二人胸が震えた(誇張法)

ここでは「揺れる」と「震える」という類似した単語が登場。

心を動かされた感動を直接的な身体の状態へ変換。「世界」も誇張の一種であると考えました。

 

④君と過ごす時間は そうまるで光のようで(直喩)

 

⑤照れくさく笑う君のあどけない顔が大好きで(結句反復・黙説法)

④の直後に来るフレーズ。語尾の「で」統一はリズム的に反復っぽさがあります。

また「大好きで」の直後に今度は⑥が来るので、ここで文章が一旦尻切れになるという解釈も出来るのでは…?

 

⑥春の風に歌う花ビラは 君と僕をただ包み込む(擬人法)

 

⑦ほどけない指の温もりは 時に引き裂かれてく(擬物化)

目に見えない「温もり」に対し「引き裂かれてく」という物理的な言葉が応戦しています。

 

⑧君があの日くれた言葉「貴方は春みたいよ」と そして「私の彩(いろ)を変えてくれてありがとう」と(活喩法・添義法)

活喩法は今その場にいない人や亡くなってしまった人・神的存在など、不在の人物を登場させて語らせる修辞技法です。

ここでは言葉をカッコで括り、かつ女性らしい言葉遣いに変わって代入されています。

『花の舞う街』のテーマの根源には、この年に上田くんが主演した舞台『ロミオとジュリエット』の影響がとても色濃く出ています。もしも2人がハッピーエンドだったら。

ジュリエットの言葉が活喩法によって鮮やかに呼び起こされる一節ではないでしょうか。

 

⑨僕ら二人の未来の(いろ)は あの青空のように…(添義法・黙説法)

 

⑩かけがえのない夢を…(黙説法)

 

⑪そんな夢をずっと…(黙説法) 

 

  • RABBIT OR WOLF?

 ①昔々あるところに 悪い一人のオオカミがいました。(引喩)

昔話の定型文を引用したフレーズ。

 

②仲間になるふりをして さらに手を差し延べるふりをして(結句反復)

 

③赤い舌で唇を舐め 白い首筋に牙をたて(対照法)

リズム的には正確な対照ではありませんが、「赤い舌」と「白い首筋」という【色を用いた形容詞+名詞】、「唇を舐め」と「牙を立て」という【身体部位+動詞】でもって、前後のフレーズの音を出来る限り寄せているのが分かります。

 

④甘い言葉(いつわり)を笑って吐いて(転移修飾語・添義法)

 

⑤こんな下らない馬鹿げた世界は本当に必要あんのかって こりゃあ人類(ぼくら)には未来(さき)はないなって(結句反復・添義法)

 

④続く暗い空 希望(ひかり)ただ求めさ迷う(添義法)

「ただ光を求めてさ迷う」とするならば小さな倒置法も含むでしょうか。

 

⑤そしてキミはボクのことを笑って でもボクはキミのことを笑って だけどボクよりもキミが正しくて でもキミよりもボクが正しくて(倒置反復法)

文の骨組みは動かさず「ボク-キミ」間で順序を入れ替えて反復するかなり制限のかかった、けれども非常に整頓された印象を与える修辞技法

 

⑥甘い誘惑をかけながら さらに眠り薬も混ぜながら(転移修飾語・結句反復)

 

⑦その閉じた瞳に爪を立て この世の光を奪い喰い殺していきました。(含意法)

光を奪い食い殺す=失明、でしょう。

 

⑧果たしてウサギのやったことは本当に正義だったのかって? じゃあオオカミが正義だったのかって?(結句反復・設疑法)

設疑法とは文章を読んでいる(楽曲の場合は、聴いている)私たちに向かって問いを投げかけてくる修辞技法を指します。

 

⑨でも僕ら傷をつけあって 紅(ち)に染まってく(添義法)

 

⑩だから何をキミが叫んだって そして何をボクが叫んだって 例えキミがボクを喰い殺したって 例えボクがキミを喰い殺したって(倒置反復法)

 

※補足※

『RABBIT OR WOLF?』では曲全体を通して寓喩的な構造を取ります。例え話(=諷喩)を連続させて一つのストーリーを仕上げていく寓喩は動物を引き合いに出すことが多くあります。例えば昔話の『ウサギとカメ』では、ウサギには自信過剰、カメには堅実という人間的な性格を投影させ、“大切なのはコツコツと頑張ること”というメッセージを表現しています。

寓喩という側面を持ちながら、「昔話っぽさ」という文体模写をも飲み込んでいると言えばいいのでしょうか。

ウサギとオオカミ。上田くんがこの動物に重ねた、人間の黒い一面と「昔話っぽさ」との大きなギャップに魅せられる珠玉の一曲です。

 

  • ~again

 ①「さよなら。」耳に残る 雪の日の彼の声(活喩法)

彼の声を「」で括ることによって直接代入しています。 

 

②あなたの声を聞かせてもう一度 あの日のようにまた戻れるのなら(倒置法)

 

③わがまま 涙 もう見せないから 貴方の腕で強く抱きしめてよ(呼びかけ法)

 

④鳴らない電話見つめ 雪は積もってく(含意法)

雪は積もっていく=時間が経っていくことを暗示。

 

⑤「好きだよ。」恥ずかしそうな 彼の声思い出す(活喩法)

 

⑥こんなに人を二度と愛せない 貴方がいればもう何もいらない(誇張法)

 

⑦ねぇ笑ってよ? 怒ってよ? もう一度 時間が経てば元に戻れるのかな?(倒置法・呼びかけ法)

 

⑧貴方のことを忘れるなんて できないよ…(呼びかけ法)

 

⑨時間が経てば元に戻れるのかな?(呼びかけ法)

 

⑩もう貴方は他の女(ヒト)を見ているの?(添義法・呼びかけ法)

 

まずパッと見ても上田君の詞ですぐに目に付くのは添義法でしょうか。 

実を言うと上田くん以外の3人の詞にも「時間・瞬間(とき)」「瞳(め)」辺りが登場するのですが、ほぼ同じ意味でしかも昨今のJ-POPで多用されてるよな…と思い独断でカットしていました。

でも上田くんの添義法ってちょっと無視出来ないふりがなのつけ方してますよね。

 

ここからは私個人の意見ですが。

どうして無視できなかったのかな? と自分なりに考えてみた結果、「耳で聞く音」と「目で読む文字」を見比べた時の印象にどれだけ差がつくかの違いなのでは、という仮説が浮かびました。

 

つまり

耳で聞くと「時」→目で読むと「時間・瞬間」

耳で聞くと「目」→目で読むと「瞳」

耳で聞く   目で読む
時間・瞬間

 どちらも似たような漢字と意味なので、まあ十分納得出来る範囲の変換です。

 

一方で、 

耳で聞く   目で読む
そこ
偽り 言葉
僕らに先はない 人類に未来はない
光ただ求めさ迷う 希望ただ求めさ迷う

 耳で音を聞いた時と、実際の歌詞を目で読んでみた時の印象の違いが、上の表に挙げた言葉よりも大きいことに気が付きます。耳で聞いただけでは到底予想がつかない変換もチラホラ。

「人類に未来はない」「他の女を見ているの?」って、文字で見るとちょっとゾッとしますよね。

 

添義法以外の話をしますと、上田くんはどうやら他の3人の歌詞に伺えた「全曲通じて何らか共通の(恐らく無意識で)好きなレトリックがある!」…といった傾向はやや薄いようです。

『花の舞う街』あたりまでは擬人法・擬物化がやや多めですが、あとの2曲はそうでもないですし、『~again』では畳みかけるように呼びかけ法を用いるなど曲ごとに結構なバラつきがあります。

ただ逆に、対照法・活喩法・引喩・倒置反復法・設技法・寓喩と、上田くんの詞だけでしか発見できなかった技法がかなり多かったことは、「KAT-TUNというグループの枠組みにおける『上田竜也のソロ曲らしさ』」を紐解く重要なヒントと言えるのではないでしょうか。

これでソロコンサートの未音源化楽曲も考察出来ればより深まったのでしょうが、いかんせん私マウピ参戦歴が無いもので…!(;▽;)うわあ~~~~無念!!!

 

 

おまけ

 お前まだ書くのかよって感じですね。すいません、もうちょっと書きます。

 

今年の3月に発売されたKAT-TUNの最新シングル『KISS KISS KISS』の初回限定盤2には、シャッフルKAT-TUNと題しまして、メンバーが2人2組に分かれてユニット曲を作ろうという企画が設けられました。

KISS KISS KISS【初回限定盤2】(DVD付)

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組み分けは亀梨&上田、田口&中丸。前者は上田くん作詞で後者は2人が連名で作詞。

言い換えるとこのユニット曲、一番最新の本人作詞楽曲に該当するわけです。

こりゃあもう調べるしかない。というわけでさくさく見ていきましょう。

 

  • ありがとう(亀梨&上田) 

 ①今そっと 動き出すのは 鮮やかに揺れるMEMORIES(擬態語・転移修飾語・擬物化)

「鮮やかに」という色彩表現でもって「動く」という動作を形容し、更にMEMORIES(=思い出)が動くものであるととらえる擬物化という二重の修辞技法

 

②突然「海が見たい」だなんて(活喩法)

 

③君を僕の背中に乗せて ペダルを漕いだ放課後(含意法・換喩)

自転車の二人乗りを伝えるために、「僕の後ろ」ではなく「僕の背中」と婉曲的に綴っています。

また、「ペダルを漕ぐ」は、ある行為の時間を前後させている点において換喩という修辞技法に該当するでしょう。

例えば「筆をとる」といえば筆をとった直後に行う「執筆する」ことを意味するように、「ペダルを漕ぐ」といえば直後に自然と発生する「自転車を前進させる」という意味に繋がっていきます。

 

④風を浴びる君の制服(擬人法)

制服が風をシャワーのように浴びている様子…?

 

⑤怒った表情(かお)も(添義法)

添義法ですが、耳で聞くと「顔」→目で読むと「表情」と考えると、特筆すべきかどうかはちょっと微妙なところかも。

 

④胸の奥 レンズ越し いくつ日々を越えても焼き付いているよ 光るフィルム いつも心で廻ってく 色褪せず(倒置法・擬物化)

「いつも心で色褪せず廻ってく」と並べ替えると平坦な文章になるでしょうか。

レンズとフィルムというカメラ的な要素でもって、甘酸っぱい青春の思い出を切り取るように表現しているのだと思います。

 

⑤青色の 君との日々を 忘れないよ 今「ありがとう」(転移修飾語・呼びかけ法・活喩法)

ありがとう、と述べているのは恐らく「僕」でしょうが、僕の言葉にも「」がついています。

①の「海がみたい」は「君」の言葉と推測しますが、この楽曲が制作される際に亀梨くんと上田くんが、「学生時代にタイムスリップするというイメージの歌詞にしたい」といった趣旨のやりとりを交わしている様子がメーキングに収められています。

そうすると「僕」が発する「」で括られた言葉も活喩法と捉えられるのでは?という私の解釈です。

 

⑥「あんな気持ちをなんて呼ぶだろう?」(呼びかけ法または活喩法)

 

⑦あの涙を拭っていれば どんな未来があったかな(呼びかけ法)

 

※遠く青い傷みが 君を呼んでるよ(共感覚・呼びかけ法)

詳しくは後述。 

 

⑨2つ夢 瞬いて(中略)星のよう 繋がるだろう(擬物化・直喩)

夢を星に喩えた上で直喩を導き出しています。

 

⑩変わらず見れると信じてた なぁそうだろう?(呼びかけ法)

 

⑪何度生れ変わってもまた 君を好きになるよ(誇張法・呼びかけ法)

 

⑫抱きしめる 何度だって(倒置法)

 

⑬忘れないよ 青い春よ(呼びかけ法・転移修飾語)

青春というフレーズの訓読みでもあります。

語感が噛み砕かれて優しいイメージになったように感じます。

 

⑭君に 「ありがとう」を(活喩法・呼びかけ法または黙説法)

 を、で止めているところは黙説法の余韻に近いものがあります。

 

 

※⑧「遠く青い傷み」の共感覚法について

共感覚法とは転移修飾語よりももっと狭義で、五感を別の五感で修飾する修辞技法を現します。この場合、視覚(青い)が触覚(傷み)を修飾しているわけですが、共感覚法には

[触覚→味覚→嗅覚]→[視覚→聴覚]という一方向性の仮説

というものが存在します。*2

つまり「冷たい目」であれば触覚→視覚、「甘い声」なら味覚→聴覚、といったように、共感覚法って一方通行の法則があるんじゃない? というお話です。

しかし「青い傷み」は視覚→触覚なので、一方向性の仮説を逆走する例外的な共感覚という解釈が出来るということになります。加えて「遠く」という空間的な形容詞も付随するので、一見すると短いフレーズですが、実はかなり凝った構造をとっています。

 

添義法は控えめですが、終盤に呼びかけ法を畳み掛けていくところに『~again』っぽさを感じてみたり。

上田くんの歌詞で擬人法・擬物化が戻ってきたのはちょっと久し振りだったんですね。

 

  • キラリト(田口&中丸)

①いつもの待ち合わせ場所 どこか違って見える(呼びかけ法)

 

思い出の整理なんて しばらく 出来そうにないけど(擬物化)

 

③(僕から)背中を押す(呼びかけ法)

 

④別れじゃないさ(呼びかけ法)

 

思い出詰まったカメラロール 指でなぞってみれば(擬物化)

 

⑥全て 昨日のようだ(呼びかけ法)

 

寝返りうった先にNOBODY(含意法)

前回の記事の中で、中丸くんの歌詞解析において『key of life』の「君の寝顔を見つめてる日々が そうこのまま続いて」と、『Snowflake』の 「同じ毛布の中」を取り上げました。

愛する人と親密であったことを示す含意法という意味において、⑦の表現は中丸くん寄りの発想ではないでしょうか。

 

⑧サンサンと輝き燃える太陽 馴染みの道二人で歩きたい(擬態語・呼びかけ法)

 

⑨SHINING MY HEART 咲かせよ SHINING IN YOUR HEART 明日の笑顔を(呼びかけ法・倒置法・転移修飾語)

 

呼びかけ法に強いと判明したこのコンビが、楽曲のテーマを決めるくじ引きで「応援」を引いていたんですね。*3

「2人の意見を上手いことミックスした」と本人達も公言していますが、確かにレトリック的な観点から考察しても二人の癖が面白いくらい見事にミックスされているのが分かります。呼びかけ法は主に田口くんの傾向を採用、思い出を物質に変換するのは中丸くんの傾向です。

具体的にどの部分をどちらが書いたのかは明かされませんでしたが、二人のレトリック癖が十分に推測材料になることが分かり私は大満足です。自分で考察していて鳥肌が立ちました(自画自賛)

 

 

気付けば既に1万字越え!前編も8000字近く書いていたので軽く論文並。ジャニオタの原動力怖い。

ここまで根気よくお付き合い頂き、本当にありがとうございました。とってもとっても楽しかった!!!!

 

*1:作詞者は「MOUSE PEACE “Tatsuya”」表記

*2:ふき出しのレトリック-共感覚http://members3.jcom.home.ne.jp/balloon_rhetoric/example/synesthesia.html

*3:ちなみに亀梨&上田チームのテーマは「恋愛」でした。

KAT-TUNの言葉に潜む「癖」【KAT-TUNソロ楽曲作詞傾向調査・前編】

 

 

こんにちは、るつです。

先々月は拙記事に沢山の御アクセスありがとうございました。身に余るほどの閲覧数におっかなびっくりしております。

あれから「せっかくアカウントを取得したからブログをこのまま放置するのは勿体無いな~。また面白いテーマを見つけてKAT-TUNについて一人ネチネチ悶々と考えたいな~」と頭の片隅で考えながら過ごしておりました。

 

前回は楽曲の一人称という観点から「KAT-TUNらしい」とは何なのか、何を持ってして「KAT-TUNらしい」と思わせるのか、その定義は年々意味合いが変わってきているのではないのか……といったところからスタートしていました。

ですが私達は「KAT-TUNらしい」というぼんやりとしたイメージを持っているのと同時に、「亀梨和也らしい」「田口淳之介らしい」「上田竜也らしい」「中丸雄一らしい」という個人へのイメージも抱えながら彼らの楽曲を追いかけているわけです。

 

ソロ曲。それは私が前回の記事でスルーしてしまったテーマです。

その年ごとに書いたり書かなかったりしていますが、KAT-TUNのメンバーは全員、自分で作詞したソロ曲を複数持ち歌にしています。

自分たちの頭から絞り出した言葉の結晶。自分の絞り出した言葉でもって「アイドルの自分」を飾り魅せていく。それはきっと、私達が普段から何となく感じているけれどなかなか上手く言葉にまとめられない「○○くんらしい曲」とは何かを紐解くヒントとなることでしょう。

 

というわけで今回は「ソロ曲からKAT-TUNメンバーの作詞癖を考察しよう!」という超余計なお世話企画に挑戦してみました。

KAT-TUNのメンバーが作詞をする際にそれぞれどんな言葉の選び方をする傾向にあるのか探っていきます。

 

 ちょうど大学で修辞技法(レトリック)に関する講義を取っていたので、主にそこで得たにわか知識を軸に辿っていきます。また、修辞技法に関する以下の書籍とサイトも大いに参考にしています。

 

日本語のレトリック―文章表現の技法 (岩波ジュニア新書)

日本語のレトリック―文章表現の技法 (岩波ジュニア新書)

 

 

 

 

なお、今回考察対象とする楽曲は2015年現在、本人による単独作詞の表記があり、かつ公式に歌詞が公開されているものに限定しました。連名での作詞の場合、どこからどこまでが本人の絞り出した言葉か区別がつかないので。

作詞癖考察と大きく出ましたが、私の修辞技法に関する知識量はちょろっと書籍を読んだり講義を聴いたりした程度ですのであまり期待はしないで下さい…!(逃げ腰)

それと、数字で換算できるデータと違い、修辞技法の解釈はかなり多岐に渡ります。それぞれの定義の境界線が曖昧ですし、私も分類している時に「これってこの技法にカウントしていいのか……?」と何度も頭を抱えました。

なのでこれから書き記します考察はド文系ド素人の一解釈!程度で見守って頂けると幸いです。積極的に異論を認めていくスタンスでいきたいと思います。

 

 

 

case1:中丸雄一【対象楽曲:key of life(2007年)、SMACK(2008年)、Snowflake(2013年)】

  • key of life

 ①強がる陰に隠れる所を 見ないふりして流してたのかな(隠喩・呼びかけ法)

「流す」に繋いでいるということは涙を喩えているのでしょうか。直接「○○のようだ」とは喩えず導入する隠喩に該当します。「流す」の目的語に場所を持ってくる発想が興味深いです。

 

②たまにくれる小さな手紙が 増えることはもうないのかな(呼びかけ法)

①同様に「かな」が語尾に来ました。今この場にいない愛する人へ尋ねるような声が連続します。

 

③二人過ごした優しい時間 戻りたいんだ出来るなら(転移修飾語・倒置法)

語順がひっくり返る倒置法。この場合は「出来るなら戻りたいんだ」をひっくり返しています。

また「優しい時間」というのは時間という概念そのものが優しいのではなく、愛する人と穏やかに過ごしていた関係を意味しているのでしょう。このように形容詞が本来ならば修飾しない名詞に働く修辞技法を転移修飾語といいます。「優しい」は感情表現ですから擬人法的とも受け取れそうです。

 

④今は誰かのそばにいるのかな(呼びかけ法)

 

⑤壊れない過去綺麗な思い出 心の中に並べて(転移修飾語・擬物化)

「過去」も「思い出」も概念であり目に見えるものではありません。

ということは「並べる」ことも不可能なわけです。過去や思い出をモノに見立てているということですね。

 

⑥戻る場所がここではなくとも(古語法)

読んで字のごとくあえて古い言葉を用いて文章にアクセントをつける技法

現代の用法に沿って「なくても」にしてもリズムや音数としては問題ないはず。「なくとも」の「とも」は古典文法でいうところの逆接的仮定条件に該当します。

 

⑦もう一度だけ魔法をかけて(誇張法・呼びかけ法)

魔法をかけて=ヨリを戻したいとするならば、あえて大げさな表現をする誇張法に該当するでしょうか。

また、魔法を司る何者かへの懇願とも受け取れる表現です。

 

⑧君の寝顔を見つめてる日々が そうこのまま続いて(換言法・含意法・呼びかけ法)

⑦をもっと具体的に言い換える一節が直後に綴られます。

含意法は読み手に意味を推測させる技法です。

君の寝顔を見つめる、というフレーズから二人がいかに親密な関係であったかを推測することができます。

 

⑨またすぐに分かり合えるよ(呼びかけ法)

 

  • SMACK

 ①空見上げ 強い光よ 僕たちを迎えてくれ(呼びかけ法・含意法)

僕たちを迎える=祝福といったところでしょうか。

 

②神様がなんとなく 偶然 君と合わせた(誇張法)

③病院で診察して 恋の病とわかる(誇張法)

やや幼い恋心を示すため「神様」「病院」「病」と大げさに結びつけています。

 

④僕の肩にコロン かわいさ倍増(擬態語・擬物化) 

「かわいい」という感情の数量化。

 

 ①いつだったかな? 白い息をはいて(呼びかけ法・含意法)

寒い季節を直接「冬」というのではなく、「白い息」から自然と連想することが出来ます。

 

②この手から 溢れる君との綺麗な思い出が砂のように落ちてく(転移修飾語・直喩)

直喩は「まるで」「~のように」といった表現。

また、思い出に対して<溢れる><綺麗><砂>と言葉が3重に絡められているのはかなり印象に残りますね。

 

③そこにあるお揃いの指輪はどうしよう(呼びかけ法)

 

④踊り明かす夜の街を 無の世界をひたすら(倒置法・換言法・誇張法または含意法)

並べ替えるなら、「夜の街をひたすら踊り明かす」「無の世界をひたすら踊り明かす」でしょうか。「夜の街」と「無の世界」の意味は同義?

失恋から「世界」という巨大な単語を引っ張ってきたか…ということで誇張法と書きましたが、やるせなさ・虚無感を示すといった意味では含意法的でもあります。

 

⑤同じ毛布の中(含意法)

『key of life』⑧に類似。

 

⑥冬の季節のせいかな(呼びかけ法)

 

⑦溢れた君との思い出は そう 砂のように積み上げてく(直喩・転移修飾語)

 

中丸くんの作詞したソロ曲でまず目についたのは呼びかけ法。かなり多用しています。

ただ、ざっくり呼びかけ法に分類したとはいえ、『key of life』と『Snowflake』は特にそうですが、別れた相手へではなく語り手が自分自身に問い掛けていると受け取れるものも多いです。多分ここは個人で解釈が分かれるところ。

連名での作詞のため今回対象楽曲からは外しましたが、『Answer』(2008*1年)、『FILM』(2010年)『クレセント』(2014年)にも中丸くんが携わっています。

その中でも『クレセント』の「どんな言葉 どんな想いならば その深く 響くだろう?」「そう言えばさあ 君の夢を見たよ」、そして『Answer』の「君もどこかで見ているのかい?」は呼びかけ法の典型例にかなり近い表現です。

呼びかけ法の中でもやや目立った「かな」という語尾については、『FILM』でも「もう慣れてる関係だからかな」「今とどう違うのかな」という形で使用されていますね。

あとは「思い出」をあたかも物質のように扱ったり、恋する気持ちをちょっと遠まわしに表現したり大胆に誇張したりする駆け引きの巧みさも個人的にはグッとくるポイントです。

切ない恋愛を歌ったソロ曲への定評は、呼びかけ法と併せてこういったところに起因しているのかもしれませんね。

 

 

case2:亀梨和也【対象楽曲:絆(2005年)、1582(2009年)SWEET(2010年)、Emerald(2014年)】

 

亀梨くんのソロ曲を考察するにあたって注意しなければならない点は、本名で作詞をするパターンペンネームを用いて作詞をするパターンがあることです。

ペンネームを用いて作詞をする際はどうやら「自分が書いた詞だととらえてほしくない」という意図があるようで*2、「メンバーの言葉選びの癖調べようぜ!」で走り始めてしまった私は非常にいたたまれない気持ちになってしまいました…ごめん……

ただ、『1582』(作詞:n)に関しては本人の口から「『1582』は『離さないで愛』を和風にアレンジして出来た楽曲」という発言が過去にあり*3、『SWEET』(作詞:N)についても、楽曲を聴いた印象を大事にしつつ書き出したという旨を明かしてくれています。*4

(フォロワーさん情報提供ありがとうございます…!)

 

というわけで本記事では念のため【「n(N)=亀梨和也」が極めて濃厚】という表現に留めておくことにいたします。

補足ですがこの「n」は『w/o notice??』でもAKIRAさんという方と共同で作詞をされています。

 

 ①空白? 心に何かがつまって(呼びかけ法・擬物化)

「心」を物質と捉えた上で「つまる」という感覚を持ってきています。

 

②一歩ずつでいいさ(呼びかけ法)

 

③共に歩んだ日々が 生きつづけてるから(擬人法)

 

④ボロボロになるまで引き裂かれていても あの時のあの場所 消えないこの絆(擬態語・擬物化・首句反復)

「絆」が「引き裂かれる」という擬物化。

首句反復は文頭の言葉を、また次の文頭でも使う技法

「あの時の/あの場所」と切って考えると、この畳みかけるようなフレーズがサビの終わりをぎゅっと引き締める効果が現れているように思います。

 

⑤失わぬように(古語法)

 

⑥心に染みてく(擬物化)

 

⑦嘘ついたっていいさ 涙流していいから(呼びかけ法・逆説法・結句反復)

「嘘をつく」「涙を流す」というイメージをあえて肯定的に捉えています。矛盾しているようで理にかなっている逆説法に該当。また、どことなく説得を試みているような口調とも受け取れます。

丸ごと同じ句を反復しているわけではありませんが、「いいさ/いいから」は④に近い表現です。

 

  • Emerald

そのその横顔 その唇(首句反復)

 

②暗闇でも輝く瞳に恋してた(撞着法・換喩)

瞳そのものではなく、その瞳を持った人への恋心という意味では換喩的。

撞着法は矛盾したフレーズをくっ付ける技法。ここでは「暗闇」と「輝く」の共存が発生しています。

 

③拗ねてみたり はしゃいだり その時間 その心に 確かなもの見つけた 2人の針が(首句反復・隠喩)

「針」という隠喩は『1582』にも登場します。

反復か韻かは微妙なラインですが、前半は語尾を「り」で揃えています。

 

④息を白く染める(含意法)

Snowflake』①参照。

 

⑤僕のどこまでも 君のどこまでも いついつまでも歩く 果てない道を(結句反復・倒置法)

まずは「果てない道をいつまでも歩く」の倒置法が来るでしょう。

「どこまでも」の結句反復だけでなく、直後に「いつまでも」という類音、さらに「いつ」の繰り返しが挟まります。

 

⑥透明な距離はつなぐ

これは何の修辞技法かと問われると答えに詰まるのですが、目に見えない「距離」にわざわざ「透明な」という言葉をくっつけてくるのが面白かったので挙げておきます。

 

去年発表の『Emerald』。本名かつ単独でソロ曲の作詞をしたのは実に9年ぶりだったんですね。

この2曲に共通するのは、反復関係の修辞技法がやや目立つといったところでしょうか。

もちろん音楽にはリズムや音数の制限があるので、言葉を重ねてキャッチーなフレーズを作り出す作業は小説よりも意識的に行われるのかな、と予想します。

ですが亀梨くんの詞の場合、1つの行や直近の行を細かく区切って小さな反復法を織り込んでいく傾向が見られます。それも「あの」「その」「どこ」といった、指示語・こそあど言葉に集中するという結果に。

小さなこそあど言葉を反復することで気持ちを漸層的に盛り上げていく。そんな効果が期待できますでしょうか。

 

そして中丸くんの詞には「思い出」そのものを物質に見立てて扱おうとする動きが見られましたが、亀梨くんの場合は「心」は物質であることを前提に、その「心」という物質が受ける刺激に着目し、感情表現に挑もうとしているように見受けられます。

亀梨和也名義で連名作詞のクレジットになっている『愛しているから』でも「ありがとうさえも君の心に届けてなくて」 「心のそばにそっといさせて」「カギかけてた 心 そっと開けて」という表現が登場します。

中丸くんは形容詞に、亀梨くんは動詞に重きを置いている印象です。

 

 

「n(N)」が単独作詞をしている残りの2楽曲も見ていきましょう。

  • 1582

 ①支配される 指先まで(倒置法)

 

②私は今 何故 どこ?(呼びかけ法)

 

③SI-でも…(黙説法)

感情の高まりや言い淀んだりする際にあえて言葉にしないのも修辞技法の一種です。

 

④痺れる心 踊る乱れてゆく(転移修飾語・擬人化・くびき法)

心に対して「痺れる」は物質化を前提にしたチョイスですが、心が「躍る」、心が「乱れる」という擬人法はかなり日常的な言い回しでもありますので目立った修辞技法と分類するのはボーダーラインでしょうかね…

くびき法について前述の『ふきだしのレトリック』では数学に喩えて5a+5bを5(a+b)とする技法と解説されています。この場合ですと「心躍る+心乱れてゆく」が、「心(踊る+乱れてゆく)」の図式に当てはまりそうです。

 

⑤その血に溺れて染まる(含意法)

満ち満ちた愛執の念を強烈に喩えてサビへと向かって行きます。

 

⑥見果てぬ地に向かう目は 何を映しだしてゆくの?(古語法・呼びかけ法)

 

⑦どうかどうか私を その手でつかんでいて(反復法・呼びかけ法)

 

⑧共に刻む針達に 奥の方を噛みしめて(隠喩・含意法)

針→時計→時間の連想が伺えます。

「奥の方」という言い回しがどこか抽象的で控えめなイメージです。

 

⑨ずっとずっと醒めぬよに 胸に手をあて願う 愛を(反復・古語法・倒置法)

 

⑩傷だらけの心さえも あなたを見て癒えるわ(転移修飾語)

 

 ⑪散っていった星達も(隠喩)

星=命と推測。

 

⑫一秒ごとに色を変える(含意法)

感情の揺れ動きを色に喩えています。

 

  • SWEET

 ①甘い君との時間は(転移修飾語)

「甘い」という本来ならば味覚で使う表現に「時間」をくっつけています。

 

②心の奥で 光が灯る(擬物化・含意法)

心という物質があることを前提に「光が灯る」を持ってきています。

今でも鮮明に思い出すことが出来る…といった意味合いへの発展でしょうか。

 

③甘く溶けるような恋を 少しもこぼさずにただ(転移修飾語・擬物化)

 

④口づけを星空の中で 君と重ねた(倒置法)

 

④感じ合った温もりを 確かめ合った気持ちを 胸に刻み込み(反復法・くびき法)

「合った」の反復、(温もり+気持ち)×胸に刻むというくびきの形。

 

⑤キリがないほど愛し合って 苦しくなるほど抱き合って(結句反復)

 

⑥君の想い 色褪せない これからも(転移修飾語・倒置法)

 

そういえば『SWEET』でも「時計の針など気にせずに」と、「針」が出てきますね。

『1582』は呼びかけ法がやや際立ってます。CD音源では2番も1番同様濃姫の視点で描かれますが、ライブでは2番が信長視点の歌詞に切り替わります。その向かい合わせが前提となっていたからこそ、このような呼びかけ法を生んだのでしょうか。 

『SWEET』は「感じ合う」「確かめ合う」「愛し合う」「抱き合う」という「合う」の統一が曲の世界観を上手く構築してくれています。また、今回取り上げた4曲には全て「心」が何らかの修辞技法に絡んでいるのも特徴的。

亀梨和也の言葉における「針」と「心」。ううむ、またしてもネチネチと掘り下げたくなるテーマが生まれてしまいました。楽しい。

 

思いの外長くなってしまったので田口・上田ソロ曲は後編記事にてアップ予定です。

*1:CDに収録されたのは2010年だが、初披露は2008年の一人舞台『中丸君の楽しい時間』

*2:ザ少年倶楽部プレミアム』2011年3月22日放送

*3:WiNK UP』2013年7月号 伝言板プレイバック

*4:『オリスタ』2010年6月28日号

KAT-TUNの歌から「俺」が消えた日【KAT-TUN楽曲一人称調査】

 

とうとうはてなブログを立ててしまったじゃないか!

 

はじめましての方も改めましての方も、こんにちは、るつと申します。

さて今回なぜ私が、今日ジャニオタの間で静かにブームとなっている(体感)はてなブログに手を出したのかと言いますと、Twitter相互フォローさせて頂いておりますちゃっぴさんのKAT-TUN楽曲頻出単語調査にひどく刺激されたからであります。

ちなみに私は先月、カウコンで一目惚れならぬ一聴き惚れした『Polaris』について、そして<KAT-TUNっぽさ>とは一体何であるかを考える記事をレポート口調で気持ち悪いほどPrivatterに書き殴った前科があります。

特に最近はKAT-TUN楽曲の作詞家さんで今イワツボコーダイ氏とFOREST YOUNG氏がアツいんだよ!! と事あるごとに呟いております。そろそろフォロワーの皆さんにドン引きされてるんじゃないか私。心配。

 

光の速さでちゃっぴさんの歌詞分析に食いついた私は、結果発表前にこんなことを呑気に呟いていました。

 そしていざ結果発表。溢れ返る言葉たちの中から「俺」と「僕」を真っ先に探し出した私は驚愕することとなります。

 

「僕(212)>俺(110)」

 

 

僕(212)>俺(110)?!?!?

 

そんな差つく?!?! ダブルスコア?!?!?

 

衝撃だった。

俺らが明かりを灯すから~♪とか歌ってたじゃないか。ちゃんと俺がいるから~♪とも歌ってたじゃないか。挙句の果てには『俺俺』なんて映画の主題歌も担当していたじゃないか。

確かに近頃は一人称僕の大人っぽい楽曲も増えてきた。けれども彼らが「KAT-TUNっぽい楽曲になったんじゃないかな」といって激しくてカッコいい曲を提供してくることだって勿論多い。そういった曲の中にはきっと「俺」の一つや二つ含まれて……あれ? もしかしてそういうわけでも無かった?

いやもしかしたらKAT-TUNは昔から意外と一人称「僕」の曲をコンスタントに貯蓄していて、近年緩やかに一人称が「俺」の楽曲が減っていったという予想も立てられるのではないか。

 

日本語の一人称とは不思議なもので、「僕」と「俺」で受ける印象はまるで異なります。記憶に新しいのは3月17日放送のKAT-TUNのがつーん。この日の放送では「自分のことを自分の名前で呼ぶ女の子はあり? なし?」という話題が取り上げられた際に我らが中丸くんが以下のような発言を残しています。

 

 

 

中丸「実家にいる時さ、自分のことさ、何て呼ぶかさ、すっげー悩まない? 俺ここ何年も悩んでるんだけど」

田口「俺は『俺』だわ」

中丸「俺すごくねー、悩んでんだ。(中略)小学生くらいの時に『僕』ってなったのかな」

田口「へー。『僕』っていうのは外に出てっても?」

中丸「友達と会う時は『俺』ってなるけど。家にいる時は『僕』になる。で、今度だんだん大人になってさ、家で『俺』って言いたくなる時期もあったと思うんだよ。でもちょっと抵抗があって。それで今もう何年も実家にいる時は『俺』なのか『僕』なのか……(迷っている)」

 

 

中略内では小学校に上がる前に中丸くんが自分のことを「お兄ちゃん」と呼んでいたというご飯3合は食べられる美味しいエピソードが紹介されましたが泣く泣く省略しました。ご了承下さい。

また、「俺」が常用漢字として認められたのは2010年。つい最近のことです。常用漢字になるということは学校で教える漢字になるということ。「俺」については認定前に「子供に教えるべき漢字なのか?」とかなり議論になっていたそうです。

「僕」よりも「俺」の方がラフで、乱暴までは行かずとも「僕」の方がやっぱり上品。そんな印象が日本独自の共通認識なのでしょうか。そしてKAT-TUNというグループのパブリックイメージがどちらかと問われればファンの方でもそうでない方でも「俺」と答える人の方が多いんじゃないかなと推測します。となるとこの分析結果、実はかなり掘り下げ甲斐のあるテーマなのでは? と思い至った次第です。

 

思い立ったが吉日。ならば掘り下げてみようじゃないか。

 KAT-TUNの楽曲における一人称の変動について、調査してみました。

 

 

1.調査を始めるにあたって

  • 調査対象:2014年末までにKAT-TUNの楽曲としてシングルもしくはアルバムに収録され、かつ公式な歌詞が公開されているもの(ソロ・デュエット曲は除外)
  • 歌詞は原則として「歌詞検索サービス 歌ネット」を参照。
  • 楽曲内において一人称が「俺」で統一されているものを俺系楽曲、「僕」で統一されているものを僕系楽曲としてラベリング。(一つでも「俺」または「僕」が入っていればOK。ただし一人称が混合しているものは除外)
  • 一人称複数(「俺達」「僕たち」)や「オレ」等もOK。
  • Rap詞のみに「俺」を含む場合も俺系楽曲としてカウント。ただしラベリングの際は俺系楽曲として区別できるようにする。
  • 楽曲は音源化された年ごとに集計。その年に音源化された楽曲総数で割ることで、その年の楽曲中何%が俺系楽曲僕系楽曲で占められているかをグラフ化し、その傾向について分析を試みることとする。

 

2.調査開始

  • 2006年

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ラベリングした楽曲の後ろにあるカッコ書きは一人称の使用例です。

前年の連続ドラマ『ごくせん2』のブレイクをきっかけに新規ファンを多く獲得(私もその中の一人です)。黒くてギラギラした衣装、ロック色の強い楽曲が持ち味、不良っぽい、なんか怖い。従来のアイドル・ジャニーズ像をぶち壊した衝撃は今でもよく覚えている方が多いのではないのでしょうか。

この頃のKAT-TUNは特に、いかにも「僕」とは言わなそうだな…と思いながらのラベリング作業。 今でも人気の高いネバアゲやGOLDで「俺」は使われてなかったんですね。しかしながら全体の40%は俺系楽曲という結果になりました。

また、3rdシングルの『僕らの街で』は赤西くんの留学があったため5人体制でのリリースとなっております。シングルには必ず俺系楽曲が入るといったところでしょうか。

 

  • 2007年

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2ndアルバムは引き続き5人体制のままリリース。4thシングル『喜びの歌』より6人体制に戻ります。

2ndアルバムはちょっと特殊で、初回限定盤は2枚のディスクに分かれており、フリーズ~ピスフルは全てデビュー前の楽曲となります。あれ? 意外と青いぞ?

『Movin'on』はRap詞のみに「俺」が登場します。

※1「そうさ僕達は」からFIGHT ALL NIGHT』は僕系楽曲としたいところですが「(Rap詞)俺の胸にある」があるので一人称混合楽曲となり除外。

※2「ちゃんと俺がいるから」から喜びの歌』は俺系楽曲としたいところですが「(Rap詞)僕らの街で君と待つ列車」があるので一人称混合楽曲となり除外。

 

デビュー2年目にして私は悟りました。この手作業思ったより大変だぞ。

4thシングルのキプフェはカップリング含めて真っ赤でお見事。

 

  • 2008年 

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デビュー前以来の海賊をモチーフにした3rdアルバムが印象的だった2008年。この頃の高貴な衣装、ドンチューの凝ったPVは今でもよく懐古されている方が多い気がします。*1

前年に引き続き頑なにカップリング曲は「俺」を貫き、また3rdアルバムの初回盤のみに入っている楽曲も合わさって2006年越えの俺系楽曲率。

※3「僕に唄い続けた君の全て」から『MOTHER/FATHER』は僕系楽曲としたいところですが「(Rap詞)私達はすぐ傍で見てる」「(Rap詞)俺は俺なりに伝えるぜ絆」があるので一人称混同楽曲となり除外。

三種類の一人称が存在するマザファザ。

余談ですが二人称は君、Rap詞にはあなたが登場します。人称のごった煮。 

 

  • 2009年

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?!

 

前年度の俺系楽曲50%達成が幻だったかのような結果です。

なんと2009年、KAT-TUNは一度も「俺」を歌っていなかったのです。念の為言っておきますが、この頃のKAT-TUNは6人です。

4thアルバムに収録された『White X'mas(Album Version)』はRap詞が追加されたという点でシングルver.と異なりますが、そのRap詞の中にも一人称は見当たらなかったのでカウントしていません。また、『MOON』は一人称が「私」で統一されていたので私系楽曲としてラベリングしました。

2009年というと年長の中丸くん・上田くんが26歳、次に年上だった赤西くんが25歳を迎えて、ちょうどKAT-TUNの半分が20代を折り返す年に当たりますね。だからといって「俺」を控えて「僕」に転換したのか? と言うのも微妙なところです。

楽曲の75%で一人称の消失が発生しているのはちょっとポイントかもしれません。

 

  • 2010年

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赤西くんの脱退に伴い、『Going!』から5人体制がスタートします。

この年も楽曲の半数以上で一人称の消失が発生しています。

また、一見すると「俺」と「僕」が競っていますが3曲中2曲はRap詞によって一人称が決定しています。

 

  • 2011年

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デビュー5周年にあたるこの年、アルバムのリリースはありませんでした。

東日本大震災の影響により、コンビナートを背景にした野外ライブ&五大ドームツアー計画が丸ごと中止に。

震災後のMステではカップリングの『PERFECT』を披露。また、KAT-TUNはこの年の6月へ福島に赴き、ラジオ番組の公開収録で『SMILE』と『勇気の花』を歌いました。『RUN FOR YOU』の歌詞には「頑張れ日本」の縦読みが隠れています。

アルバムが出なかった代わりにシングルを4枚リリースしているので総数に大きな変動はありませんでした。俺系楽曲は4曲、その内の3曲はRap詞によって決定しています。前年度の傾向を引き継ぐ形に。

Rap詞は田中くんが自ら書いていたので、つまりこの2年間でKAT-TUNに提供される俺系楽曲は明らかに減少傾向にあると言えます。

 

  • 2012年

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6thアルバム通常盤の隠しトラックとして収録されている『CHAIN OF LOVE』は正式歌詞が文字化されていないのでノーカウント。

『TO THE LIMIT』のスペシャル盤(J Storm公式サイトで限定販売)に収録された『CHAIN』は、歌ネットに掲載されていませんが歌詞カードが存在するのでカウントしました。ちなみにKAT-TUNが作詞を手掛けています。

※4「僕の心を写して」から『あの日のように』は僕系楽曲としたいところですが「(Rap詞)俺の両腕の間のMY LADY」があるので一人称混同楽曲となり除外。

この年にはじめて僕系楽曲が5曲を越えます。

 

  • 2013年

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BOUNCE GIRL』はデジタル限定配信で正式な歌詞が文字化されていないためノーカウント。お願いだからどこかのタイミングでCDに収録して欲しい。

『楔 -kusabi-』から現在の4人体制がスタート。ご覧下さい。ミニアルバムが真っ青です。

 

  • 2014年

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カムヒアツアーがまだまだ記憶に新しい2014年。とうとう俺系楽曲が姿を消しました。つまりKAT-TUNは『FACE to Face』以降、もっと言うならば4人体制になってからはまだ一度も「俺」と歌っていないことになります。

 いやぁ~しかし、一人称ひとつに絞って探っていくだけでもここまで楽曲の色が見えてくるものなのかとしみじみ思うばかりです。

 

 3.折れ線グラフにしてみる

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というわけでまとめるとこんな感じになりました。

2006~2007年はデビュー前の楽曲も含んでいますが全体的に俺系寄り、そのピークを2008年に迎えます。2009年はその流れの真逆を突くように0%へ持って行く様はまるでジェットコースターのようですね。

注意して見なければならないのは2010年と2011年です。

 

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6人・5人体制時代のKAT-TUNにおいて、Rap詞は楽曲の色を決める重要な役割を担っていました。Rapが入ると一気にKAT-TUNらしくなる。Rapが入っていないとなんだか物足りない。そんな風に感じていたファンは多かったように感じます。

薄々お気づきかとは思いますが、ピンク色でラベリングした、Rap詞由来で一人称を『俺』と確定させた曲、そして僕系楽曲でありながらRap詞が加わることで一人称混合曲とした※印の楽曲を見直し、Rap詞を除いて楽曲の一人称を調べてみると2010年・2011年のところで明らかなズレが生じました。もしかしたらこの時期意識的に「俺」を加えることで楽曲の性格を結びつける意図があったりしたのでしょうか…真相は謎のままです。

 

僕系楽曲についてはデビューして数年は多くて年に4曲。「僕」が目立ち始めるのは2012年、特にCHAINツアー以降です。

『TO THE LIMIT』『不滅のスクラム』のカップリング辺りから徐々に青く染まっていき、翌年の『楔-kusabi-』で一気に数が伸びた模様です。

よって調査結果をまとめますと、KAT-TUNの楽曲における一人称は2009年を境に俺系楽曲が減少・維持を経てフェードアウトしたのに対し、僕系楽曲はここ3年間で一気に増加していることが読み取れます。

 

4.調査を終えて

1年ごとの総数が15曲前後なので1曲でグラフを大きく左右することになりますが、なかなか興味深い結果になったのではないかと思います。

個人的には追っていて「自分」や「誰」もカウントしたかったな…と反省。しかし2009年に発生した一人称の消失は一体何だったのだろうと新たに面白そうなテーマを見つけられたのは大きな収穫でした。

当たり前ですが一人称が僕の曲が増えたからと言って、KAT-TUNらしくなくなったと言いたいわけではありません。むしろ私は今現在のKAT-TUNが背負うKAT-TUNらしさとは一体何であるのかを探りたいのです。

日々変化を遂げ、己の武器を磨き魅力を引き出すKAT-TUNをどうにか言語化したい。KAT-TUNが目指す「KAT-TUN」とは何か。自らのイメージと向き合い戦い続ける彼らの深層を探る上で、拙記事が一つの材料になれば幸いです。

 

画像盛り盛りの重たい記事になってしまいましたが、最後までご拝読頂きありがとうございました!

*1:ただしジャケ写、てめーはダメだ。